画像引用元:ヒメの堕飯(二階堂幸)
ヒメの堕飯(だめし)という、元オタサーの姫で現デザイナーの女性が意識高い系ならぬ(ラーメンを器に移さず鍋で食べるなど)意識低い系?飯を幸せそうに食べる、
今も量産化されているかわいい女の子とグルメの組み合わせのマンガで気になったシーンがあったので、画像を混じえて意識高い系の人に思い当たりがありませんか?というお話をします。
主人公は元オタサーの姫なので、当然オタクな環境にいたわけで、
中途採用でデザインの会社に入ったら意識高い系の人ばかりで疲れてしまうのでは?
そして、意識高い系の彼らも努力をしているのはわかりますが、
やっています感がビンビン伝わってくるのはなぜでしょうか。
また、セミナーやサロンはあまり良い話を聞きませんが目的をしっかりしておかないと、
それこそ(これも良く聞きますが)養分(=講師の収入)で終わってしまうでしょう。
すべてとは思いませんが、残念ながらあやしいオーラを放ってしまうのは業なのでしょうか。
コミットなるワードだけならライザップのCMで聞いたことがあるのでは?
会議で横文字用語?を使いたがるという表現から仕事で絶対に必要な専門用語ではないことを前提に言うと、
後輩の発言は人を見下すために勉強したのかな?と思われてもおかしくはありません。
人に伝わらない業界用語(説明の必要がある)をファッション感覚で使って自分を賢く見せて、
相手をマウンティングしたいだけで、軽薄で愚かな人間にしかならないということです。
自分磨きは素晴らしいことですが、気づかないうちに人を傷つけていませんか?
何のために勉強して、その先を見越した努力をしているかどうか考え直してください。
自己満足だけならともかく、人を見下すために努力したのでしょうか?
さすがに違いますよね?
眼鏡の彼は学生時代は主人公を姫として慕っていた元オタクの現エリート社員で意識高い系ではなく、意識高い人です。
僕はブロガーですが、バーベキューと集合写真はアピール戦略になるとか
(リア充アピールはブログに限らず発信を通して仕事に繋げる立派な方法です)。
また、顔出しなので、フェイスブックで特にこれらの画像を多く見られます。
ただ、リア充自慢だけで終わっていませんか?特に目的がはっきりしていないとリスクが伴うことです。
確かに一個人のプライベートなんてどうでもいいと思われますが、個人情報を世界に発信する意味をよく考えてください。
少しでも失敗があればバカッターのように人の失敗をおもちゃとして拡散されて、
あらゆる情報も特定されて全世界に晒される危険性があることを。
ところで、読書は月間◯冊読んでいますアピールしていませんか?
何冊読もうと先人の知識を得ただけで読んだ本人が偉くなったわけではありません。
大切なのは何冊読んだかではなく、学習したことを実践し、行動して1つでも自分のモノにすることです。
繰り返しておきます、何冊読もうが読んだ本人が偉いわけではありません。
(引用:いらすとや)
最初に触れていましたが、ジャーサラダとは何だったのでしょうか。
一瞬だけ話題になって、ブームに乗り切らなかったイメージがありますが。
さて、意識高い系の人の中身がない感は例えば起業だったら起業が目的化していて、
どんな事業をやるかという先の事がわからないし、ファッション感覚でやっている感もあるからです。
もちろん、彼らなりにもがき、悩み努力をしていることも承知していますが、
どうしてなのか自己顕示欲を最大化しマウンティングする形が多く見られて、
人を見下すために努力したわけじゃないでしょ?と思わずにいられないためです。
なお、僕は自己啓発本は好きで、ミニマリズムの1つで紙の本を電子書籍にしてモノを減らし、
持ち運びも可能にしていつでも楽しめると、マンガに対する最大化をしましたが、
紙の本の良さは今も変わりませんし、他人に少しおすすめするならともかく、強要することはありません。
この場合、紙の本を読んでいると見下すパターンになる可能性がありますので、例に挙げてみました。
さて、ヒメの堕飯を意識高い系の話題抜きに純粋に楽しもうかしら。